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岩見沢の橋~倉内山(初)9月14日(月) 所要3時間

今日も朝から雨模様で、降ったり止んだりで気が重かったが、ダメもとで岩見沢に出かけた。 IMG_3210_202009151917236e6.jpg 岩見沢市東町二条7丁目 市立岩見沢東小学校前の利根別川に架かる『なかよし橋』木造の屋根付き橋~僕的には、屋根が付いている橋は、初めて見た☆彡 とってもユニークですよね。主に学校に通う児童が使う橋で、積雪で橋が渡り難くなるのを防ぐ為に屋根を付けたらしいです、確かに岩見沢は雪が沢山降る町としても知られている。また、自然の景観に配慮して木製の橋になったようだ。 IMG_3215_20200915191725a54.jpg 幅3M 長さ22.3M 車は通れません、歩行者専用です。屋根付きの橋は、やはり珍しく北海道には3本しか無いそうですが、全国には250本も有るみたいです(°_°) IMG_3214.jpg 形式は、下路式トラス橋(屋根付き) 竣工 1996年6月 木造ですから古い橋なんだろうと思っていたら平成生まれでした☆彡 IMG_3217.jpg 味のある木組みですね、奥に見えるのが東小学校の校舎です IMG_3211_20200915191733f78.jpg カラマツの集成材で造られているそうです、レトロな感じが良いですね。 IMG_3216.jpg こういう感じの木組みを見ていると僕が昔、通っていた木造の小学校を思い出します☆彡 IMG_3213_20200915200601014.jpg 桁橋では無いので橋の真ん中とかに橋げたは無い。当然ですが、屋根の重さも有るので、屋根の重さを支えつつ、橋の強度も保たなければならない~計算し尽くされた完璧な木組みなんでしょうなぁ☆彡 まぁ色々、考えて、観察したりすると橋見物も面白いですよ(^^)v IMG_3218_20200915201636865.jpg お次は、岩見沢市岡山町 旧国道12号線、幾春別川に架かるアーチ橋です☆彡 IMG_3233_20200916044735d53.jpg 曲線がとっても綺麗ですね☆彡 奥の橋が国道12号線の岡山橋です~形式は、アーチ橋で鋼ソリッドリブ式タイドアーチ橋~アーチ橋にも構造形式によっていろんな種類に分類されるんだけど、素人の僕が説明するのは、なかなか難しいので興味のある方は調べてみるものまた一興です☆彡 IMG_3235.jpg 竣工は1936(昭和11)年で、北海道に現存する数少ない戦前の鋼製道路橋の一つです。2008(平成20)年に老朽化により通行止めとなりましたが、補修工事を終えた2012(平成24)年から利用が再開され、この年の選奨土木遺産に選定されました。 IMG_3223_20200916052711426.jpg 味わい深いプレート IMG_3225_20200916052712d40.jpg 判りますかな? 右から読むんだよ~今の人なら左から読むよね☆彡でも昔は、右読みだったんですよね。え!!僕は、戦後生まれですから当然、左読み世代の人ですよ☆彡 IMG_3222.jpg 公益社団法人 土木学会の推奨土木遺産の認定プレート 北海道には、41か所の土木遺産が有りますので興味のある方は、土木学会HPを参照して下さい~僕的には、橋とか歴史的な建物なんかも好きなんで、山歩きと絡めて歩いたりもしています☆彡 IMG_3236.jpg 下部構造 IMG_3219.jpg 実際に歩いて観るとアーチの構造が判ります。車で通過するのは、味気ないです┐(´-`)┌ IMG_3228_20200916055104ced.jpg 橋長 55.31M 幅7.85M 老朽化して通行止めになり解体の話も有ったみたいですが、補修や化粧直しを経て今また人々の暮らしと共にある橋として愛されています。貴重な土木遺産ですからこれからも末永く存続して欲しいものです☆彡 IMG_3238_20200916061814bd7.jpg 橋からの眺めも良いですよ☆ IMG_3237.jpg 気になる白い煙突みたいなモノ どうせ暇ですから見に行ってきました☆彡 IMG_3246_20200916061817360.jpg 煙突では、なさそうです IMG_3247_202009160618209da.jpg かなりの高さが(°_°) IMG_3248.jpg 「白い巨塔」って感じ IMG_3245_2020091606181900b.jpg お墓でした~なるほどアレは、ローソクの形をしたシンボルタワーで50Mの高さがあるそうです!! IMG_3282.jpg 雨も止んだので、やっと山へ~道道960号にて岩見沢市宝水町の倉内山へ IMG_3249_20200916064651091.jpg 丘みたいな、倉内山~送電線の鉄塔の右側の少しだけ木が有る所が山頂です。 IMG_3251_202009160646505d8.jpg 高速道路にかかる陸橋の脇の作業道のゲート前に駐車しました。 IMG_3252_20200916063651cfc.jpg 金網越しに高速道路 IMG_3253.jpg 作業道を緩やかに上がって行きます IMG_3254_202009160812415e2.jpg 高度が上がって来ると高速道路が見えてきます IMG_3255_2020091608155017a.jpg やがて道は、藪にのみ込まれて無くなります IMG_3258_20200916081554a9c.jpg 笹薮を越えると、次は、草原歩きです、丘に向かって上がって行きます、送電線の鉄塔に向かって進んでください☆彡 IMG_3261_2020091608205004d.jpg 山頂部です~木の奥に三角点が有りました。 IMG_3262_202009160820518df.jpg 笹薮は無いので容易に見つかりました(^^)v IMG_3263.jpg 草刈りしました IMG_3264_20200916082054e99.jpg 四等三角点「倉内」111.35M IMG_3266.jpg 三角点、確認しました\(^o^)/ IMG_3274.jpg 丘陵なんで眺めは良いです~岩見沢の市街地や札幌方面の山々が見えました IMG_3269.jpg 正面に坊主山、晴れていたら夕張岳とかも見えるかも IMG_3279.jpg テクテク戻り終了です~今日も雨が降ったり止んだりで、憂鬱な山歩きでした(;´д`)
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竹ノ子山156M初登頂9月3日(木)茂世丑神社コース 所要4時間

国道12号 上幌向から道道728号を走行して、栗沢町を目指します☆彡 IMG_2828.jpg 標識、ちょいとJR栗沢駅に寄り道しました。 IMG_2831.jpg 小さな田舎の駅って感じです~2006年に栗沢町と北村は、岩見沢市に編入合併された。 IMG_2832_20200903190438b89.jpg 閑散としていました。駅周辺にも人影は見られず┐(´-`)┌ IMG_2836.jpg 栗山駅から茂世丑へ IMG_2890.jpg 道道817号から茂世丑へ IMG_2835.jpg 田園って感じ(^^♪ IMG_2833.jpg 樺戸の山並 IMG_2842.jpg 道道30号の交差点を左折して岩見沢方面へ IMG_2843_20200904045152fbc.jpg 道道30号の交差点から約1キロ位、道なりに走行すると登山口の神社に通じる小道が有ります。道沿いの手前の木がある所に神社が在ります。道の奥の右に見えるのが竹ノ子山です。 IMG_2845.jpg 道道の交差点から300M位、入った所に小さな神社があります。 IMG_2846.jpg 茂世丑神社~先人達は、はるばる富山県からこの地に移住して開墾したんですね明治41年ですから1908年だから、今から112年も前に未開の地に鍬を入れた人々が居たんですね☆彡 ちなみに明治新政府が本格的に蝦夷地の開拓に国策として取り組み札幌に開拓使を置いたのが明治2年(1869年)で、その時に蝦夷地は、北海道と命名され今に至ります。 IMG_2848.jpg 神社の横に駐車場があり、ここに駐車して、あとは、農道を歩きました。 IMG_2849_20200904194750933.jpg 農道を上がって行きます IMG_2850_2020090419475120c.jpg 視界が開けます~右手に山頂 IMG_2852_20200904194752763.jpg 山頂 IMG_2853_20200904194754de3.jpg 道は無くなり緩やかな斜面を上がって行きます IMG_2860.jpg 沢山咲いていました IMG_2854_20200904194755b8d.jpg 手前は、黄色い花畑、中段は、濃い笹薮、上は、白樺の森 IMG_2867_202009041956550f2.jpg 藪に入る手前からの眺め、お天気は、快晴へ☆彡 IMG_2863.jpg 右手に冷水山 IMG_2865_20200904195656146.jpg 芦別岳 IMG_2866.jpg 夕張岳 IMG_2868_20200904200438043.jpg 笹薮に突入 IMG_2869.jpg 中々の密度に○| ̄|_ IMG_2870.jpg 尾根もヘビー級 IMG_2887_2020090420044266c.jpg 山頂部が目前に IMG_2871.jpg 物凄い笹薮に容易に進めず(T_T) 1時間で戻る予定が、僅か数百メートル進むのに数時間を要するとは、予想もしなかった(;´д`)<萎ェェェ↓ IMG_2873.jpg 三角点探しも、諦めかけた頃にやっとこさ発見!! 山名に偽り無しですネ~物凄い笹薮ですから、きっと、竹の子が沢山採れるんでしょうなwwwww IMG_2879_202009042018226c1.jpg 笹刈り、整備しました IMG_2884.jpg ピンテぶら下げました☆彡 IMG_2875_20200904201825075.jpg 三等三角点「竹ノ子山」156.13M IMG_2878.jpg 三角点、確認しました\(^o^)/ IMG_2872.jpg 山頂から笹薮をかき分けてのベストショット(^^)v 芦別岳~夕張岳 IMG_2886_2020090420281271c.jpg 馬追山 IMG_2888_20200904203007fe2.jpg 笹薮地帯から脱出 IMG_2889.jpg クタクタ、ヘロヘロ状態で神社へ戻りました~竹ノ子山 容易じゃ無かったです○| ̄|_ 他にも用意していましたが疲れたので帰宅しました☆彡

上志文エリア ~ 萩の山 152M 10月06日(日) 所要1時間

美原大橋を後にして国道12号を進み岩見沢に入る、イオン岩見沢店の交差点を右折して、道道38号に入る。
IMG_1114.jpg
進行方向左手に岩見沢公園が見えて来る IMG_1109.jpg 恵庭岳の雲が晴れて、全景が確認できる☆彡 IMG_1111.jpg 道道38号を道なりに直進します。 IMG_1115.jpg 上志文の街に入って、郵便局の手前に 旧国鉄 万字線の上志文駅の駅舎が残っています。 IMG_1116.jpg 石碑が有ります。 IMG_1121.jpg 大正3年 志文~万字炭山間の万字線が開業し、上志文駅も開設~炭鉱の閉山に伴って、乗降客も激減し、ついに昭和60年に廃線となり70余年の歴史に幕を閉じたと記されている。万字線 志文~上志文~朝日~美流渡~万字~万字炭山の6駅 23.8㎞で、朝日炭鉱、美流渡炭鉱、万字炭鉱が開坑すると石炭の輸送の為に鉄道が敷かれ、ヤマの発展と共に沿線地域も発展していった歴史があります。 IMG_1118.jpg かなり老朽化しています、対策しないと朽ち果ててしまいそうです、歴史遺産として残して欲しいものですね IMG_1119.jpg 上志文駅の文字が~スキー場の物置になっているみたいです、開業当初は、駅舎は、今の倍以上の大きさがあったようです、現在、残っているのは、駅舎の一部だそうです。 IMG_1122.jpg 線路やホームは残っていません、建物の前は、草原の空き地になっています、左が萩の山とスキー場です。 IMG_1129.jpg ここは、炭鉱は無いので、萩の山へ登ります☆彡 IMG_1162.jpg 道道30号線の前に上志文の小さな住宅街が有り、住宅街の裏手に山に向かって伸びる作業道が有りますのでそれを使って登ります。左に萩の山です。 IMG_1161.jpg 藪に沿って作業道が伸びています。 IMG_1160.jpg ほんの少しだけ、藪漕ぎします☆彡 IMG_1159.jpg 斜面に取り付きます。 IMG_1155.jpg 展望台の直下は、やや急坂になっています。 IMG_1154.jpg 展望台が見えて来ます。 IMG_1146.jpg 休憩所を兼ねた展望台です、屋根も有り、座って休憩出来ます☆彡 IMG_1143.jpg 案内板~展望台の後ろに設置されています、山頂の尾根に遊歩道が設置されていて、ウォーキングコースが有ります。 IMG_1137.jpg 尾根の遊歩道 IMG_1138.jpg 遊歩道を右に少し進むと、三角点が有ります。遊歩道の傍らにあります。 IMG_1140.jpg 笹刈り整備しました。四等三角点「上志文」152.26M IMG_1157.jpg 眺めは良いです~手前が上志文の小さな住宅街です、左の山間部を道道38号が通っています、正面左手に夕張岳、右端に冷水山 IMG_1149.jpg 良い眺めです。 IMG_1158.jpg 降りの眺めも良いです、テクテク歩いて作業道の入り口まで戻り終了です。

朝日炭鉱エリア 10月06日(日) 所要1時間30分

上志文より、更に道道38号を道なりに6キロ位で、朝日の集落に着く、朝日郵便局を過ぎて、集落の少し、外れに万字線 朝日駅の駅舎等が残っている。
IMG_1165.jpg ここは、万字線鉄道公園として、駅舎、線路、ホーム、蒸気機関車が保存、展示されています。駅の裏山は、普通の山のように見えるが実は、これは、ズリ山なんです(°_°) ズリ山は、選炭作業によって不要とされた、所謂、売り物にならない石炭のカスみたいな捨て石の俗称をズリと呼んでいたもので、当時は、トロッコ等で運搬して長年積み上げていたものが山のように巨大なものになり、ズリ山と呼ばれるようになった、九州では、ボタ山と呼ばれている。ヤマのシンボル、立坑櫓、炭住、ズリ山ですかね☆彡 自然発火したり、崩れて災害が発生したりして負の遺産みたいな扱いをされているズリ山ですが近年、再生可能エネルギーとして見直す動きが見受けられます、当時の選炭技術では、不要として捨てられていたズリでも現在の技術を応用すれば再生可能エネルギーとして使える事が分かってきて研究、検討がなされています☆彡夕張市では、ズリを地域資源としてとらえて、夕張再生エネルギー創生事業として取り組んでいます。 IMG_1164.jpg ボランティアの有志の方たちの尽力により綺麗に整備された駅舎 IMG_1180.jpg 改札口 IMG_1194.jpg 公園側から IMG_1182_20191007140508ca9.jpg 後方から IMG_1173.jpg 錆びで朽ち果てていたいたものを手作りで復元したそうです☆彡 IMG_1181.jpg 当時の旧いホームと線路も残っていました。 IMG_1167.jpg 記念碑 IMG_1168.jpg 公園案内図 IMG_1172.jpg 由緒書 IMG_1169.jpg 駅舎、展示されている蒸気機関車 IMG_1170.jpg 正面 IMG_1179.jpg 斜めから IMG_1174.jpg 斜め後ろから IMG_1183.jpg 横から~乗り込むことも出来ます☆彡 IMG_1177.jpg 機関車の仕様書~全長7M 小型ですね☆彡 IMG_1184.jpg 駅の見学は終了で、これから先は、裏山みたいな藪藪のズリ山へ潜入しての炭鉱の遺構探しに出撃でございます~少し進むと、ぶ厚いコンクリートの基礎がありました、けっこうな長さが有り大きな建物の跡の様です。 IMG_1193.jpg 水がしみ出していました。昔の写真を見ると駅の横にホッパーや選炭施設などが有ったようなので、このぶ厚いコンクリートは、ホッパー(貯炭設備)や選炭設備の基礎の一部と思われます。 IMG_1192.jpg
ズリ山の手前にアンテナが建っていますが手前に笹刈りさりた刈り分け道が付いていたので入ってみました。 IMG_1185.jpg きれいに道が付いていて、丸太の橋が渡してあり、歩きやすいように手すりや階段まてが設置されていて、ズリ山の奥へと進めるようになっていた~まぁ、コレにはビックリしましたねΣ(゚д゚|||)藪漕ぎ覚悟で装備も整えて来たんだが以外にも整備がなされていて大変、有難い誤算でした!(^^)! IMG_1186.jpg 選炭設備の跡かなぁ? IMG_1187.jpg 上からのぞき込む~遺構巡りは、三角点探しと一緒で、藪に分け入り探検しているみたいで面白いのだ☆彡 IMG_1190.jpg 更に整備された道を進むと、ついに坑口に着いた\(^o^)/ IMG_1189.jpg 見学しやすいように足場や手すりまで設けられていた☆彡 『朝日炭鉱』1914年(大正3年)万字線開通~1919年(大正8年)北海道採炭会社幌内鉱(朝日炭鉱)開坑~同年11月朝日駅開業~1974年(昭和49年)閉山~1985年(昭和60年)万字線廃線 まさにヤマと共に歩んだ鉄路の歴史がありました☆彡 IMG_1188.jpg これは、連絡坑で、斜めになっている所の上には、ズリ山に通じる作業道が付いているらしい。坑口は、今は水没しているが、奥に進むと、朝日炭鉱の本坑の坑口へと繋がっているようだ。 IMG_1197.jpg 駅の北西部のかつての炭住街は、平坦な草むらに、最盛期には、年間10万トンの出炭量を記録してる、今はただの草むらですが、当時は、どれくらいの人が住んでいたのかな? IMG_1198.jpg 建て替えられた家に混じって、当時の旧い炭住も一部は現存していました、人が住んでいるみたいです~背後はズリ山です。坑口も見れたし十分に満足し、美流渡エリアへ移動する事にした☆彡

美流渡探鉱エリア 10月06日(日)所要1時間

朝日から3キロ弱で、美流渡の集落が有ります、こちらの集落も万字線の開通に伴って炭鉱の開発が促進されて1918年(大正7年)北海道炭鉱汽船株式会社(北炭)により開坑された~北星炭鉱に引き継がれるも1966年(昭和41年)閉山した。こちらのエリアは、三井、三菱、住友等の大手の財閥系の大規模な炭鉱ではなく、中小の炭鉱が多く存在していた~北星炭鉱、東幌内炭鉱、東美流渡炭鉱、伊藤炭鉱等~伊藤炭鉱は露天掘りで出炭を続けていたが1988年に閉山している、現在は、施設の多くは解体されて自然に帰り、当時の面影はほとんど残っていない┐(´-`)┌ IMG_1199.jpg 集落の中心部にある『美流渡交通センター』かっては、ここに万字線「美流渡駅」が建っていた。駐在所の隣なので分かると思います。 IMG_1201.jpg 建物の左側に旧い電柱と線路の一部が残されていた~駐車場から公園にかけての道に線路があったのかな? IMG_1203.jpg 駐車場の向かいは、公園になっている。 IMG_1204.jpg 公園の中に美流渡駅の記念の石碑が建っています☆彡 IMG_1205.jpg 大正13年に開業~当時は、栗沢町美流渡でしたので栗沢町長の名前が~朝日、美流渡、万字は栗沢町だったんですね、栗沢町は、基幹産業だった炭鉱が閉山して人口が減り2006年、岩見沢市に編入合併された。 IMG_1212.jpg 町はずれの奈良町にある「万字線鉄道資料館」 IMG_1211.jpg 看板 IMG_1214.jpg 入館希望者は、電話連絡してカギを開けて貰います。 IMG_1207.jpg 東幌内炭鉱の有った奈良町の旧い炭住、朽ちて潰れている家も多くありました。 IMG_1215.jpg 美流渡神社 IMG_1217.jpg 神社の中に石碑がありました。 IMG_1218.jpg 「石炭の碑」 IMG_1220.jpg 美流渡エリアは、中小の多くの炭鉱が散在していたんですね☆彡 IMG_1222.jpg 万字線、炭鉱の発展と共に歩んできた美流渡神社 IMG_1229.jpg 北星炭鉱の有った上美流渡地区に移動~寂びれ果てた上美流渡の集落、家は、まばらで空き地が多い IMG_1223.jpg 学校の跡~校門と記念碑があります。 IMG_1224.jpg 記念碑~上美流渡小中学校の跡地~北星炭鉱があった当時は学校も有ったんですね IMG_1225.jpg 校歌 IMG_1226.jpg スクラップアート美術館 IMG_1227.jpg 炭鉱の事務所?を再利用しているらしいです~付近には、パン屋さん、工芸館、お花屋さんなどが点在しており、いづれも炭住や関連施設の跡地などを再利用して作られています~山奥なのにお客さんが来るのか心配ですが人気店らしいです☆彡この地区を美流渡アートパークと云うらしい。 IMG_1228.jpg 美術館の裏山は、ズリ山☆彡 北星炭鉱(美流渡炭鉱)~北炭から経営を引き継いで頑張っていたんですが昭和41年に閉山~上美流渡から美流渡駅まで石炭を運搬する北星炭鉱美流渡専用鉄道も敷かれていたんですが今は、何も残ってはいません。

プロフィール

Author:diero55
50代のオヤジです、健康の為に2016年の秋から山登りを始めました。

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